1200年前に弘法大師が開湯し、武田信玄公や昭和の文豪達が愛した厄除けの名湯

塩澤寺(厄除地蔵尊)

空海の歩いた湯煙の街

~重要文化財地蔵堂と厄除地蔵尊祭り~

塩澤寺

古くより厄除け地蔵尊は信仰されていました。

毎年2月13日正午から翌14日正午までの24時間、塩澤寺(えんたくじ)の厄除地蔵尊祭り(やくよけじぞうそんまつり)が開催されます。5万人以上の人が訪れ、露店が建ち、終日賑わいます。

015 二体のご本尊(秘仏808年建立・開扉仏1050年建立)のうち、国の重要文化財に指定されている地蔵堂に安置されている石造地蔵菩薩座像(県指定文化財)が耳を開き、善男善女の願いを聞きいれ、厄難を逃れることができると言われることから、大祭当日は、多数の参詣者で賑わいます。
福田山塩澤寺は、(大同3年)808年弘法大師(空海)が開山し。(天暦9年)955年空也上人によって開かれ、後に大覚禅師(蘭渓道隆 1250年頃)により再興されたと伝えられています。

山門の脇には、「舞鶴の松」と呼ばれる県指定天然記念物のクロマツがあり、高さはありませんが、横に枝が伸び、30mにも及びます。

地蔵堂の裏手には、岩盤を50㎝ほどくりぬかれており、「首浮き地蔵」がまつられています。首と体が離れていて、願いごとがかなうときは、首が軽く浮き上がるといわれています。地元の信仰をあつめています。

地蔵堂からは、南アルプスが一望でき、住宅地の向こうにはこんもりとお椀を逆さまにした加牟那塚古墳が見えます。地蔵堂の右手を奥に歩いていくと、板碑があります。県内最古のものといわれ、1350年2月の銘がある阿弥陀種子の板碑と1374年の銘がある無縫塔の2基があります。

さらに、その板碑を過ぎて、裏山を登っていくと、右手に曲がり、湯村山に登る道との合流点に出ます。ベンチがあり、広場になっています。そこに、「こうもり塚」「地蔵古墳」と呼ばれる古墳が2基あります。周辺には、桜がたくさん植えられ、3月下旬から4月上旬に、花見ができます。

舞鶴の松

北山の道に多く見られる、自然石の上に地蔵の首だけをのせたお地蔵様。裏の墓地の中程にあり「たんきりまっちゃん」と呼ばれ愛嬌のある顔で、地元の住民に親しまれている。塩澤寺より1k程北に昇った青松院にも同様の石地蔵があり、体の部分の大岩が雨合羽のように見えることから「合羽地蔵」と呼ばれています。北山の道に数箇所このような地蔵があります。

滾々と湧き出でる弘法水と石芋伝説

昔、大師が訪れた時大変空腹であった大師は、泉で里芋を洗っている老婆に何か食べるものをくれるよう願い出ました、長旅で衣服も汚れていた大師をみて老婆は身分の卑しい者だと思いました。そこで老婆は芋を恵むのをためらい、「今洗っているのは芋ではなく石ですよ」と言い、大師を追い払ってしまいました。
龍源寺

弘法石芋のある弘法水の泉

その後老婆が里芋を取り自ら食べてみたところ以前より実がとても堅くなり、とても食べられた物ではなくなってしまったということです。その後この芋を「弘法石芋」と呼ぶようになりました。今でも塩澤寺より更に1k程上った羽黒にある龍源寺の左手の泉に弘法石芋があります。

「おねり」開催

2月13日の厄除地蔵尊大祭当日、お地蔵様が地蔵堂に安置される前に、湯村の町内を「おねり」いたします。当日は本堂にお地蔵様を移し最初に祈祷した大きなお札を持ち町内を練り歩きます。厄年の方や、願い事のあり方は、大変ご利益のある行脚です。11時半までに塩時澤寺に来られた方はおねりに参加をしていただけます。

行脚同道を希望する方には、法被をお貸しいたします。

日時 2月13日

午前 11:40塩澤寺舞鶴の松前集合  午後 12:10出発  参加される方は時間お集まりください)

道程 塩澤寺~湯川橋 ~温泉通り南下~水道みち~和泉愛児園前~ナック湯村~塩澤寺

200軒位の露天が賑わいを見せます。

問合せ湯村:まちづくり協議会ホテル吉野 浅川まで

〒400-0073 山梨県甲府市湯村3-11-14
℡055-253-2878/Fax055-253-2874

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